かかると、理も非もなくなる彼のおふくろは、病気だと聞いて、厄介者が何しに来たというように取り扱った。
 それが辛いので、新さんは、町の医者に掛る入費や自分の小遣いなどは皆自分の懐から出して、その上四十円程の金をおふくろに遣りまでした。
 けれども、ときどき不用心に胴巻を投げ出して置くと、僅かずつ中が減って行くということや、大の男をつかまえて、おふくろが何ぞといっては打擲《ちょうちゃく》したり、罵ったりするということまで、私共の耳へ入ったのである。
 それだもんで、村の者は新さんに同情をし、どうしてもおふくろには面白くない噂が立つので、新さんは板ばさみの辛い目に合わなければならなかった。
 ところが、或る日急に新さんはおふくろから、豆を盗んで売り飛ばしたという罪で攻めたてられなければならないことになった。
 正直な彼は大まごつきにまごついて、一体何が誰にどうされたのやらまるで分らないので、返事も出来ずにいるうちに、おふくろの方では村中にこのことを云いふらして歩いた。
 どう考えても新さんにはそのことが分らなかった。いつか、そんなことでもあったかしらと思い出そうとしたところで、まるで覚えはないしするので、煙のうちをでも歩くような気がして、何だか不安な、ほんとうに自分の身に後ろ暗い所でもありそうな日を送っていたのである。
 このような有様で、村中の者共は皆非常な興味を以て、事件の裏にひそんでいることをさぐってみようと思っていた。
 私は何にも彼等に関して知っていなかったので、どう想像することも出来なかったけれども、どこにでもある世話焼きが、自分の本職のようにして、せっせとあちらこちらから探りを入れ始めた。
 そうすると、意外にもその問題の俵などは初めから根もないことで、ただ謝罪金《あやまりきん》に今新さんの持っている金を、皆取りあげようとする方便に捏造《ねつぞう》されたものだという噂が、次第に事実として騒ぎ出されたのである。
 新さんは、飛んでもないことだと思って、おふくろを弁護し、その噂を押し消そう押し消そうと掛った。
 けれども、新さんの心はだんだん暗くなって来た。自分の身が悲しく、ほんとにこのおふくろの実の子かしらんという疑いも起って来たのである。
 私は青い陰気な顔をした新さんが、心配でよけい面窶《おもやつ》れしたような風で暑い日中被る物もなしに、村道をボコボコ歩
前へ 次へ
全62ページ中37ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング