声に呼び醒された。
 私はびっくりして飛び起きた。まだよく目が開かないで、よろよろしながら、
「何!?[#「!?」は横1文字、1−8−78] え? どうしたの?」
と云う私を引っぱって祖母は、雨戸に切ってある硝子窓の前に立たせた。
 初めの間は何にも見えなかったが、だんだん目が確かになって来ると、露で曇った硝子越しに、一|箇《つ》の人影が南瓜畑の中で動いているのが見える。
「オヤ!」
 額をピッタリ押しつけて見ていると、どうも盗って行くものを選んでいるらしく、体が延びたり曲ったりしている。
「もう朝だというのに。まあ何て大胆な!」
 暫くすると、体は延びきりになって、小路の方へ出て来た。手には大きな丸い物を持っている。
 南瓜泥棒は、歩き出した。そして、もう少しで畑から出てしまう所へ、スタスタともう一つの人影が近寄って行った。それが祖母であるのは一目で分った。
 私は、ハッとした。一体何をどうしようというのだろう? 私は大急ぎで寝間着を脱いだ。そして、出て行って見ると、それはまたどうしたことだ! 私が何ともいえない心持になって、立ちどまってしまったのは、決して無理ではない。
 赤地に白縞のある西洋南瓜を前にころがして、うなだれて立っているのは、かの甚助じゃあないか!
 私は、自分の眼が信じられなかった。また信じたくなかったけれども、悲しい哉それは間違いようもない甚助だ。
 私は、おずおず彼の顔を見た。そして、その平気らしい様子に一層びっくりしたのである。
 ほんとうに何でもなさそうに彼はただ立っている。ただ頭を下げているだけなのである。
 だまって、祖母の怒った顔を馬鹿にしたように上目で見ている。
 私は恐ろしい心持がした。彼はそうやって立っている。が、私共はこれから一体どうしようというのだろう?
 祖母も私も彼に何か云おうとしていることだけは確かだと思った。
 しかも、さも何でも権利を持っているように、またさもそれを振り廻して見たそうにして立っている自分等に気が付いた。
 私共はきっと何か云うのだろう。何か悪事だといわれていることをしている者を見つけた者が、誰でもする通りの、妙に慰むようにのろのろと、叱ったり、おどしたりするのだろう。
 けれども、彼は私共に見られたくないところを見つけられた。それだけでも十分ではないか? この上何を云うに及ぼう? 千人が千人云い古
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