い力で、グニャッとしたものをまるめると、押し潰されてとび出したドロドロに滑らかな、腐った薯が、手一杯についてしまったのである。
青黄色い粘液から、胸の悪くなるような臭いが立って、たまらない心持になるので、私は大急ぎで、サクサクな泥の中に両手を突込んで、揉み落そうとした。
けれども、前からの土がそのドロドロですっかり固まりついたので、なかなかこするぐらいでは落ちようともしない。私は、もううんざりして、泣き出しそうにしていると、笑いながら馳けつけて来た男が、木の切れを横にして、茶椀の葛湯《くずゆ》をはがすように掻き落してくれた。
「大丈夫でやす、お嬢様。命に関わるこたあありゃせん」
私の周囲には、家の者だのそばの畑にいた小作共まで集って、笑っていたのである。
ちょいちょいした物が収穫時になって来たので、私共は毎日割合に農民的な生活をした。
取れた物を小作に分けてやったり、漬けたり乾したり、俵につめたりにせわしかった。
けれども、それにつれてほんとにいやなことも起って来た。
ちっとも気の付かないうちに、畑泥棒に入られることである。
もちろんこんなことは、毎年のことである。決して珍らしいことではないが、皆の気持を悪くさせた。
盗まれて行く物は少しばかりの物であるけれども、自分等の尽した面倒だの愛情などを、取って行かれるのがよけい腹立たしかったのである。
で、一日掛りで、一番よく無くなる南瓜に一つ一つ、大きな大きな番号をつけた。
ふくれ返った赤ら顔の上一杯に、「八」とか「十一」とか筆太に書かれて、ごろっとしている姿は実に見物だった。けれども、皆無駄骨になって、翌朝になれば、中でも大きい方のが無くなっていたりした。
下女等は一番口惜しがって、ちょっとでも畑地の中にウロウロしている者には、誰彼なしに、怒鳴りつけたり、小石をぶつけたりした。
正直な彼女は、坐るときはいつも畑地に向いて張番をしていた。
そんなだったので、私などでさえ夜ちょっと気晴らしに歩いて、うっかり畑に立ちどまっていたりすると大きな声で、
「だんだあ! ぶっぱたくぞーッ」
と叱られたことさえあった。
ところが或る非常に靄の濃い朝であった。
多分四時頃であったろう。私は、例の通り何も知らずに寝込んでいると、低いながら只事でない声で、
「早くお起き。よ! ちょっとお起き!」
と云う祖母の
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