した言葉を、クドクドと繰返して、荒立った心持になって見たところで互の心には何が遺《のこ》るだろう。やはり持ち古された感じが、さほどの効果もなく喰い入るばかりである。
私のすることはただ一つだ。
何から先に云って好いか分らないようにしている祖母を、わきに引きよせて、私は一生懸命にたのんだ。
「どうぞそのまんまお帰しなさいまし。その方が好い」
「だって……お前!」
「いいえ! それで好いんだから。きっと好いにきまっているんだから早くそうなさいまし。よ。早く!」
祖母は不平らしかったけれども私の頼みを聴いてくれた。
「それを持ってお帰り。けれどもこんなことは、もう二度とおしでない」
と云っただけであった。
甚助は、さもこうなることをちゃんと前から知ってでもいるように、何の感情も動かされないらしい顔をして、頭を一つ下げると、自分が買ったもののように、ゆったりとかの南瓜を抱えてまだ人通りのない往還へ出て行ってしまったのである。
私は、悲しいとも腹が立つともいえない心持になっていた。
けれども幾分の安心を持って、
「私にはたった一つの南瓜で、泥棒呼わりをすることは出来ない」
と心に繰返したのである。
十
今まで、私が甚助の家族に対してしていたことは、たかが古着を遣るか僅かばかりの食物や金を遣ったくらいのことである。
ほんとに小さいことであり何でもないことである。
第三者から見れば、総てのことは、皆世間並な、誰でも少しどうかした者の考えること、することでめずらしくも尊いことでもない。
私とてもまた自分の僅かな施しから、大きな報いを得ようとか、感謝を受けようとかは、ちっとも思っていないのである。
けれども、甚助のしたことは私に軽い失望を感じさせないではいなかった。何だか情なかった。
それでも、ただ一つのことが、私を慰め力づけてくれたのである。それは、私が初めて自分の思っていた通りに自分を処置することが出来たということだ。
私は怒りっぽい。じきに腹を立てる性分である。それ故このごろでは、どうかして余り怒りたくない、寛容な心持でいたいとどのくらい願っているか知れない。けれども、自分の家にいて、弟達が何か自分の気持を悪くするようなことをすると、互の遠慮なさがつい怒らせる。それを今度は殆ど怒りを感じないで済んだということは、ほんとに嬉しかった。
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