。
「じゃあ、大垣さんによろしくね、私、温泉へ行ったら手紙出すわ」
「きっとね。私も明日すぐちゃんとした所書をあげるから、帰って気が向いたら、家へ来て頂戴」
さようならと云ったら、それが永久のさようならとなりそうな、異様に淋しい気が房にした。
彼女は、頭で、
「じゃあ」
と会釈し、外へ出た。
毎日晴れ渡った初夏の日が続いた。廊下の西窓から、夕方、目の醒めるような夕栄えが展望された。房はその空のように広々し、同時に物寂しかった。国の傍の温泉へ十日も行き、須田へ戻る計画であった。志野から、やっと三日目、房が明日出るという日に手紙が来た。水色角封筒の裏に、つぼみ、志野よりとしてある。房は、なかをよんだ。
「そちらにいるうちに、本当にいろいろ御厄介になりました。厚くお礼申します。生みの姉のような御親切、決して決して忘れません。こちらは、家が急に都合悪く、隣の家に貸間のあったのを幸、そこへ一先ず落付きました。二間あります。やっぱり間借りですが、スイト・ホームよ。どうかお体を御大切に、大垣さんからよろしくということです」
房は、表裏をかえし、封筒の中まであらためたが、所書は出て来なかった。
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