だけど、どうせ私なんぞ、これから共稼ぎでやりあげる人でなくちゃ駄目だもん。――それにね、私ぜひあの人と結婚しなけりゃ困るのよ」
 房は、不安を感じて、思わず志野を見た。
「ほらあの――こないだうるさく来た男ね、もと下で働いていたっていう。――若し大垣さんと一緒になれないと、私あの男と夫婦にならなけりゃならないかも知れないんですもの……」
 多公《たあこう》と呼ばれた多十郎に、志野は、今大垣にきかせていた琴と、被いのメリンスの布を買って貰ったのであった。
「私、大垣さんとの方が先約だって云って頑張ってるのよ」
 次に大垣の処へよって帰って来ると、志野は浮々房に囁いた。
「一寸! 純吉さんたら、あなた、活のいい果物みたいで好きだって云ってたわよ」
「まあ、いやだ」
 志野は冗談とも本気ともとれる調子で警告した。
「あなた、あの人が好きにでもなったら、私絶交しちゃうわよ、よくて」
 大垣も度々訪ねて来た。彼等は房のいることを忘れたように噪《はしゃ》ぐことが多かった。気がつくと、大垣は、
「やあ、失敬失敬!」
などと、謝った。
「君も一つ対手をさがし給えよ、どうも、遠慮があって、僕等が困ります
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