。――そんなこと私いや! 東京にいりゃ、ものの分る人が多いし、世間が広いもの――私さえ心掛けをちゃんとしていりゃ、落着くにしろ、浜人足よりゃ増しな人が見つかるまいもんでもなくてよ。――私みたいに生みっぱなしにされた者は、仕合だって苦労して自分で見つけなけりゃならないんだもの――」
「それにはさ、猶まわりをさっぱりしとかなけりゃ――誰だって――」
志野は、うっとり考えていたが、独言のように呟きながら微笑んだ。
「……でも、もう少しだわ……」
「なにが?」
「――……」
志野は首をかしげ、憧れと楽しさとが心一杯という笑顔をした。
「――今にわかるわよ」
土曜日に、房は須田へ遊びに行った。上の娘が、セルロイドのキューピーに着せるものを縫えなどと甘え、房は九時近く帰って来た。店のタタキを入ると、いつになく琴の音がする。扉の外に、黒い鼻緒の男草履が一足脱いであった。房は、外から、
「ただ今」
と声をかけた。
「おかえんなさい」
艶々した志野の声が高く返事した。
「丁度よかったわ」
露台へ向って明いている窓枠に、和服の色白な男が腰かけていた。志野は琴をひかえて、室の真中に坐っている。
「
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