なた、憤っちゃった? もう私みたいな女と暮すのなんかいや?」
 房は、いじらしいような、自分迄切ないような気持がした。
「そんなことありゃしなくってよ――謂わば、一つの不仕合みたいなものだったんじゃあないの」
「――あなたほんとにそう思っててくれる?」
 志野は、感動で涙ぐんだ顔付になった。
「――あなたさえそう思ってくれれば、私全く有難いわ。――心配してたんですもの」
 そして、見る者の心も動かす嬉しそうな笑顔で云った。
「ああ私さばさばしちゃった!」
 対手の心持の判った安心と、何も隠すに及ばなくなった安心とで、志野は一時に当時の辛さを打ちあけ始めた。
「――実際あの気持――とても口で云えないわ。その男――今泉っての――お邸を出てから、私が悠くり寝ていられる二階を紅梅町へ借りたって云うんでしょ、私だって、まさか嘘だと思いやしないわ、わざわざ出かけて行って探したの探さないのって……いくら歩いて見たって、飯村なんて家ないから、やっと交番を見つけて訊くと、東か西かっての。町が東と西とになっていたのよ、その紅梅町っての! いいえ、ただ紅梅町だけですって云うと、巡査ったら、ニヤニヤ笑うのよ、
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