ないで」
 芦沢の細君は、姉らしく笑った。
「あなたの名は、下できいたんだけど……」
「房、どうぞよろしく」
「ああそうそう、お房さん、いい名ね、私は滑稽でしょ、森律子と同じなんですよ、名ばかり同じだって、こんなおたふくじゃ何にもならないわね」
 律は、勤め先のカフェーが今建て増しで休業中なこと、そこにもう三年勤め、一番の古株になったことなど話した。
「いくら古参になったって大したこともないんですよ、でもやめられない訳があるんでね……もう一年――うちがM大学を出るまで――あなたは? お志野さんと御一緒だったんですか?」
「ええ、国の補習科の時分――」
「へえ、じゃあ同じ局じゃあないんですか」
 房は、簡単に自分の境遇を説明した。
「まあ、私はずっと御一緒かと思ってた――そうですか、じゃあ、余りあのひとのこともお知んなさらないわけですわね――今じゃ元気になったけど、来たばかりの時ったら、そりゃお話になりませんでしたよ」
 房は、二時間ばかりいて、自分の部屋に戻った。――直ぐには何も手につかない気持であった。このようなことがあるから、志野は、隣の人、カフェーの女給などと自分に警戒を加えて置
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