、下から借りて来た時事漫画を腹這いになって見ながら答えた。
「折角日曜だっていうのに、これじゃあ外へ出ることも出来やしない」
 穢い硝子、穢い建物に、バッと日が明るく差し込むだけ余計塵っぽく、悩ましい。房は、隅っこの壁によりかかって、編物を始めた。腹這のまま、頬杖をついて今度はその手元を見守っていた志野が、やや暫くして訊いた。
「何編み?――それ」
「さあ、なんていうんだろ、知らないわ名は。外国雑誌から教えて下すったのよ」
「……何が出来るの」
「お嬢様のスウェター」
 眺め飽きると、志野は手を延し、脇の小棚から懐中鏡をとり出した。鏡を開いて片手に持ち、片方の指で頻りに鼻毛を抜き出した。円いくくれた顎をつき出し、一心に目を据えてぐっと引張るが、なかなか抜けて来ない。気合をこめて引張っては擽ったそうな顔をする。房が到頭ふき出した。
「何よ、それは――はっはっはっ」
 つられて、志野も笑い出した。
「――だけれど、あなたみたいに装《なり》ふりかまわないひとはなくてよ――学校にいた時分からそんな髪だったじゃないの」
「そうね」
「もう少し何とかすればいいのにさ。十八九の時分と、二十過ても同じじゃ余り可哀そうよ」
 やがて志野は、
「どれ、一寸私にいじらせて御覧なさい」
と、気軽に房の後に廻った。彼女は、器用に、長い、たっぷりした髪を梳き始めた。
「こんなにあるのに――私なら素敵な髪に結って見せるわ――髪の形で喫驚《びっくり》する程ひとって変るもんよ」
 自分の毛筋立てや鬢かき迄持ち出し、志野は自分が結っているような洋髪に結い始めた。
「さ、これ持ってて」
 彼女は、房に鏡を持たせた。一ところへ形をつけては、
「どう?」
と背後から顔を重ねて自分も鏡を覗きこんだ。
「いいじゃあないの、すっかり可愛くなっちゃうわ」
 房は、好奇心の動く、一方、極りの悪そうな表情で云った。
「私の髪、どっさりあったって強《こわ》いから駄目よ、こんなの」
「結いつけないから、そりゃいきなり理想的には行かなくてよ。――まあ黙って見ていらっしゃい」
 出来上るにつれ、房は大きい髪を持てあました。
「本当にいやあよ、私。私じゃあない人間みたいだわよ、これじゃ」
「どれ」
 志野は、素ばしこく前に廻って検査した。
「そんなことあるもんですか! トテ、シャンになったわよ」
 遊んでいると、階段を登って来る
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