く社会的に何事かを貫徹して生きるためにはまだ弱かった。或る意味では世間知らずで家庭にだけ根をおいた感傷的な、そうかと思うと打算的な女性であった。正当なはけ口を見出せない母の熱情が、いきなり妙な方向へふき出す時、その焔の一番あぶない煽りをうけるのは常に父や私であったが、特に私は、おおこわい! と横とびに飛びのきながら、母が可笑しな風にむきになるのを愛し、悦び、笑い、時々はそっと忍びよって火をつけて逃げたりしたのは幾度であったろう。
この一二年、私は大変貧乏に暮した。母のところへ行っていきなり手をさし出して、さア頂戴、よ、頂戴よ! と猶胸元へ手をさしつけるようにすると、母はその年でも皮膚の不思議なほど美しい顔をうしろにそらすようにして、妙に間誤付ながら、なんだよ、なんなのサと狼狽した。ちり紙よ! 私がそう云うと、母は、なんだろう、このひとは! と云いながら安堵した様子をかくさず、袂から懐紙の四つに畳んだのを出してくれる。私は、それをとりながら母の顔を見て、お母さま、間違えたな、吝ん坊! と大笑いした。私の勢こんだ様子で、母は小遣いをくれというのかと思って警戒するのであった。
子供の時分
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