宮本百合子

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)雁皮《がんぴ》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)おやつ[#「おやつ」に傍点]には焼きいもをたべながら、
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 この六月十三日に、母は五十九歳でその一生を終った。正月の末から私は不自由な境遇におかれていて、母の臨終には僅かに最後の十五分間で間に合う様であった。母は、私を待って、その時まで終るべき命を辛くも堪えていたように見えた。
 母は数年来重い糖尿病を患っていたが、それを克己的に養生して治すということは性質として出来なかったし、三年前膵臓の膿腫というのをやった時は、誰しも恢復する力が母の体の中にのこっていようとは考えなかった。
 それが生きたのであったから、今度風のたよりに母が肺エソになったと聞いたとき、私は今度はむずかしいと思った。そのことを口に出しても云い、心のこりなく看病するように、とも云い、自分としては或る覚悟をもきめていたのであった。
 母の臨終の床でも私はあまり泣かなかったし、それからいろいろの儀式のうちに礼装をした父が白いハンカチーフをとり出して洟をかむときも
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