太田が十年余も大ブルジョア企業の中に働いていたのにまだそんなことを考えてるのかと不思議な気がした。ミサ子の浅い知識で理解したって今の不況は生産がなくて不況なんじゃない。在りあまって市場がないから不況なのだ。
「小資本じゃ駄目なんでしょう?」
「駄目だね。……だがこんどは一つトーキー映画会社をやりますよ、資本百五十万円の。――これは確にいいね!」
 パラマウントが、天然色写真で同時にトーキーの何とかという最新撮影機を、元同じ××物産で今は蓄音器会社に関係のある友人へ特別契約でよこした。日本で、天然色トーキー映画フィルムをつくる。それが世界へ出て儲けは確実だというのだ。
 余り話が簡単なんでミサ子は思わず……
「……だって、俳優を見つけたりするの大変でしょう? そっちはどうなるの?」と訊いた。
「ナニ、そんなことはどうでもなる」
「だって……スタアを引っこぬくのに大した金でしょう? それにいい監督だって買って来なくちゃならないし……」
「いや、それは何とかなります。十万円もする機械が何しろタダ手に入るんだから……」
 ミサ子は義兄の云うことをきいているうちに鳩尾《みずおち》の辺がつめたくな
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