すると、実際サワ子が沖本によばれて、戸籍謄本を出すようにと云われた。
「いやあね、薄気味わるいったらありゃしない。沖本ったら、元来履歴書と一緒にどこだって出させているものだが、これまではみんな紹介だったから放っておいたんですって……形式だけのことだよだって云っていたことよ」

 ミサ子は机の前に坐って小型の日記帳をつけていた。夕飯をすましたばかりで、階下《した》では煙草専売局へ勤めている亭主がラジオの薩摩琵琶を聞いている。
 格子のあく音がして、
「大井田さん、お客様ですよ」
 細君が階子口から呼んだ。立って行く間もなく、
「いい?」
 勤めのまんまの装をした柳が登って来た。
「どうしたの」
「ちょっと」
 ミサ子の机のわきに坐るとすぐ柳が、
「あなた今夜ずっといる?」ときいた。
「ええ」
「一人ひとを泊めてやってくれないかしら」
 ミサ子は、
「……布団がないんだけれど」
と困惑そうな顔をした。
「いいのよ、窮屈でもおもやいにして泊めて貰えたらたすかるわ。十八ばかりの娘さんですよ……今度だけどうにかなればいいんだから……」
 柳は何か頻りに考えていたが、
「その娘さん沢田って云って来
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