平均二度ぐらいだった残務が殆ど一日おきぐらいの割になって来た。それでいて世間一般を見れば、いろんな工場や役所では依然として首キリがどんどんされている。
左翼劇場団体見物の申込みをあつめたれい子が、
「庶務じゃ一体何を考え出したんだろう」
と怪訝《けげん》そうに呟いた。
「ね、女事務員一同に戸籍謄本を出させるんですってさ……」
「ほんと?」
しづ子が眉をもちあげて訊きかえした。
「ほんとらしいのよ、どうも」
「私困っちゃうな……どうして別な名をつかってるかなんて変なこと云われやしないかしら……」
「まさか!」とよ子がうち消した。
「だってあなた結婚する前に入ってるんだもの」
しづ子は半年ばかり前に結婚した。会社では既婚者を大体歓迎しないもんで、しづ子は旧姓のまま通していたのであった。特別な事情のない者にとっても、これは何か新しいことのはじまる前ぶれだという不安な予感を与えた。
「おかしいわね、あなた入社のときそんなものとられたこと?」
「いらなかったわ」
「入って何年にもなるのに今更どうしようっていうんだろう……」
柳は口々の言葉をききながら自分からは何も云わなかった。
四五日
前へ
次へ
全74ページ中70ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング