、ちょうど号外売りがやって来た。腰の鈴を振りながら車道と人道とのすれすれのところを走って行く後姿を眺めて柳が誰にともなく、
「ブルジョアどもはこすいわねえ」
と云った。
「早くっから蜻蛉《とんぼ》の模様なんか売り出させてさ。――今年は蜻蛉の模様がこう流行るから、きっと戦《いくさ》がある前徴だなんて云いふらさせて……」
ミサ子でさえ、そのときは柳の言葉を大して注意してきいてはいなかった。
この頃になって××○○会社の女事務員たちの間に不平が出て来た。残務が目立って殖えて来たのだ。××○○会社は満州に重要な姉妹会社をいくつも持っているし、国内的に見ても、軍事工業関係の製粉、染料、肥料、金属などの工場をいくつか経営していた。戦となればそれぞれが毒ガス、火薬、銃器製造所となる。××○○会社はうんと儲けるわけだが、残務の女事務員は相変らず五時から七時までは二時間を丸ままただで搾られなければならない。
「ねえ、ちょっとやり切れないわね、私これでもうつづけざま三日よ」
益本が食堂で、みんなに聞えるような大きい声で苦情を並べた。
「はる子さんの二の舞なんか、私真平御免だ」
ミサ子にしろ、一週に
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