なかった。何か当然だという落付いた心持さえした。自分がこんなに闘争の組織に近くいるのだという新しい自覚。自分までその組織に吸いよせられるであろう程、この日本の中に大衆の力はもり上っているのだという生々しい実感が、ミサ子を腹の底から揺るのであった。
焜炉の中ですっかり燃えきった紙が黒いカサカサした屑になってしまうまでミサ子は身じろぎもしないで見届けた。それから四辺に飛ばさないように焼屑を焜炉の下へおとし、それを片づけた後の座敷を掃き出した。思い込んで下を向いたまま丁寧にゆっくり箒をつかいながら、ミサ子はこういう一つ一つのことを自分が何とも云えぬ深い愛と注意とでやっているのに愕《おどろ》いた。こういう文書を始末する心持は独特であった。跡かたもなく焼き、掃き出しながら、しかも逆に焼きすてたものの内容が一層身につくというような切実な感じなのだ。
翌朝、ミサ子はこれまでにない希望と観察に満ちた気持で丸ビル前の広場に溢れる勤人、女事務員の群衆をながめた。
××○○会社の通用門を入ろうとするところへ、ちょうど向うから柳がやって来る。ミサ子は思わず包みを持ちかえながら待ち合わした。
「お早う……
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