すか」
「ホラ、そこに、むこうの屋根から見えるの落葉松よ」
 柳が、わきに立って指さして説明してやっている。戸棚から坐布団を出しているミサ子に、
「あの鸚鵡《おうむ》まだいるの?」
「いるわ」
「何です?」
「あの家に変な鸚鵡がいて、イヤー、イヤーって鳴くんだって」
 林檎を柳がもって来た。それをむいて食べながら会社のこと、はる子の慰問金のこと、エスペラント講習会のことなど三人は話した。
「――内務省なんかでも、この頃は実は実にうまくクビにしますよ。もとみたいに一どきにドッとは決してやらないんです。いつの間にかいない。おやと気がついたときはもう夙《とう》に引導をわたされている。――手が出ないですね」
「ああね、ミサ子さん、あなたこの頃やっぱりちょいちょい左翼劇場見に行くこと?」
 柳がスカートの膝をくずして坐り、蕎麦《そば》ボールをつまみながらきいた。
「大抵行くわ」
「私ね、昨夕《ゆうべ》行って来たんだけれどね……あなたどう思う? 私せっかく観るのにてんでんばらばら一人一人見てそれっきりにしておくの惜しいと思うんです。きっと会社にも芝居ずきはいるんだから、誘いあって観て、あと座談会で
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