本が、
「ちょいと、ニュースよ。今度来た太田さんて太田淳三の姪《めい》なんですって!」
と、眼を大きくして報告した。
「重役の?」
「そうなのよ」
「どうりで、われわれとは違うわけだわね」
 サワ子が苦笑いを泛べた自分の顔を鏡にうつしながら、どこか自棄《やけ》っぽい口調で云った。
「そいでね、ここの月給なんかほんのお小遣いなんですってさ」
「ふーん」
 ××○○会社では、女事務員を箇人紹介でだけ雇うのだが、そのとき紹介者が会社の相当どころの者であるとないとでは、入社してからの待遇がちがった。重役の縁辺の者だと、入社当時の月給は同じだが、一年ずつの定期昇給の率や賞与の率がずっと高いのであった。
「――私だってこれで憚りながら入るときは、重役の紹介よ」
 れい子が手を洗いながら云った。
「へえ……そうなの! 誰?」
「外田権次郎」
「人事課のひとったら、外田さんの何にお当りですかって、そりゃしつこく訊いたわよ」
「姪ですって云えばいいのに!」
 柳の言葉にみんなが笑い出した。
「何でもないんですって云っても、どうかありのままおっしゃって下さいだって!」
「卑怯だわよ。大体会社のやりかたった
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