けが、一仕事だった。
 執務時間中、女事務員が公務のほか他の課へ行くことはやかましく禁じている。けれども、確実に対手をつらまえようとすれば執務時間を狙うしかない。
 ミサ子は、他課へ廻す書類を打ちあげると、さり気なく検閲をさせて自分のところへ持ちかえった。暫くしてから、ああ、とびっくり思いついたようにその書類を握って素早く室を出た。本来こういう仕事は給仕の役なのだ。藤色のミサ子の事務服のポケットには「佐田はる子さんのために」と書いた廻状が入っている。――

        十二

 はる子の代りだと云って新しく入社した太田千鶴子が、女事務員たちの間に不人気だ。
「今度入ったひと、凄いわね」
という第一日の印象が、だんだん、
「ちょいと私どもとはお人柄がちがうのね」
という風に濃くなって行った。
 千鶴子の方でもまたそういう素振りを憚らず見せた。例えば会社へ出勤して来る服装《なり》にしろ、みんなは銘仙程度だのに、千鶴子の羽織はいつも縮緬だ。フェルト草履にしろ、ハンド・バッグにしろ、自分たちが僅の月給から工面して買うものとは格が違うことをみんな敏感に見てとった。ところが、三日ばかりすると益
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