授の看板について石敷の小路を入り、立てつけの悪い門をあけ格子をガタガタやっていると、真暗な玄関へサッと茶の間からの灯がさした。
「だアれ?」
「小母ちゃんよ」
「母さん! 小母ちゃんが来たヨ」
九つの順三の声がした。
「マア、おそいのね、今かえり?」
割烹《かっぽう》前掛で手を拭きながら、文子が台所から出て来て格子の懸金をはずした。
「さあ、どうぞ」
文子が長火鉢の前へ坐ると、九つに五つに三つという子供たちがぞろりと母親にたかって、凝《じ》っとミサ子の方を眺めた。
「どうしたの、順三、小母さんに今日《こんにち》はしたの?」
順三は、体をくんねり母親にもたらして笑ってばかりいる。
「義兄《にい》さんは?」ミサ子が訊いた。
「お風呂から床屋へまわってる筈よ……直き帰るわ」
「お変りなし?」
「相変らず――お友達やなんかにも頼んであるらしいんだけれど、義兄さんのようなのは却って駄目ね。ズブの学校出ならこれでまた、就職口があるらしいんだけれど……」
太田は高商出で、十年余××物産に勤めていた。始めは池内成三という××の大番頭のひきで将来見込みのありそうな鉱山部詰めだった。それがだんだ
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