なに使われて病気んでもなったらどうしてくれるんでしょ」
「ハハハハ……そんなこと会社の知ったことじゃないヨ。ハハハハ」
金《きん》でワクをはめた前歯を出して意地わるく笑いながら沖本は出て行った。
軽い靴音をたてて柳がやって来た。
「どのくらいですむ?」
「さあ……もう一時間……そっちは?」
「八時までにどうしてもやっちゃうわ。一緒に何かたべて帰らない? 帰ってから火なんぞおこしていられないもん」
「私なんか、もういい加減ペコペコだわ」
夜の八時すぎて、庶務へ残業届けを出しミサ子と柳とはやっと宏荘な××ビルディングを出た。
「いやな奴、あの穴銭! 自分で来て見てる癖に、課から部から、姓名まで云わせるんだもの!」
「そういう奴なのよ。こっちからわざわざ届けなけりゃ見ていたってつけないで置くんだから」
それから「モーリ」へ行ってミサ子は支那ソバを、柳はカレーライスをたべた。
二
市ケ谷で省線を降りると、ミサ子はガソリン店の角を、牛込の方へ登って行った。
一番姉の文子が三人の子持ちになって細工町に住んでいる。急に相談したいことがあると、速達が来たのだ。
琴曲教
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