る。
 ミサ子は左手を握って暫く右の肩をたたいてから、再びタイプライタアをうちはじめた。
 給仕の牧田が茶碗をあつめにやって来た。
「おや、いたんですか!」
「……あっちに誰かのこってる?」
「柳さんがいますヨ」
 給仕が出て行って暫く経つと、キチンとしまっていないドアを少しあけて誰かが覗いた。ミサ子がわざと知らん顔をしていると、今度は全体ドアをあけ、庶務の沖本がのっそり入って来た。
「……御精が出ますな……ひとりですか?」
 じろじろミサ子のまわりや誰もいないたくさんの机の方を見まわした。警部あがりの沖本を好いてる者は一人もいなかった。「穴銭」という綽名がついている。頭に穴銭みたいなハゲが一つあった。警部をしていた時分、強盗にかみつかれた跡だという話だが、女事務員たちは、
「うそ! きっと神さんにやられたんだわよ」
と嫌悪をこめて笑った。
 神さんにだって喰いつかれそうに憎々しい五十男だ。
「あんた、一昨日だったかも随分おそかったじゃないか……うん?」
 ミサ子はむっとして、
「これ見て下さい」
 おっつけられた支店長宛の書類を眼でさした。
「四時半になってこれだけ出たんです……こん
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