る。しかも、それを断われないような工合になっている。男の社員と女の事務員との間に形式的な格の違いをつけ、事務以外の口を利いてはいけないことにしてあるのなど、なかなか会社のずるいところだ。
 いつの間にか、女事務員のことについて口を出したりするのは、社員として見っともいいことじゃないという気風がしみ込んでいる。どの部だって女事務員は一人か二人しかいないから、どうしても損な役割を押しつけられてしまうのだ――。
 四時半になるのを待ちかねてドタドタみんなが帰ってしまった。埃っぽい、机のつまった室内を照して天井の電燈がついた。
 ミサ子は、洗面所へ行った。ふんだんに水をつかってゆっくり手を洗ったり、髪をかきあげたりしたら、少し気分がさっぱりした。居のこりときまったら、いそいだってつまらなかった。××○○会社は四時半から後の残業は七時以後からでなければ割増しがつかなかった。従って、ちょいちょい居残りさせられても大抵のときはタダで、使われる者の損になるばかりだ。
 自動車の警笛。メガホーンで何か叫んでいるぼやけた人間の声。丸の内のアスファルト道路から撥ねかえる夕方の騒音が、人気ない室へつたわって来
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