なかったし、退け時におくれまいとして熱心に打っている彼女のタイプライタアの前へ立ち止るものもない。彼女ばかりはいてもいないでも問題にしない扱いだ。
ミサ子は馴れてる。これがこの××○○会社の気風なんだ。入社して来るとき、タイピストは、どうか注意して余り用事以外の口を男の社員ときかないようにして下さい、と云われた。男の社員も、目立つようなことがあってはいけませんから、その辺をどうぞ、と人事課から念を押されている。往来なんかではこれほどのことはないのだ。
急いで、やっともうあと半分というところまで打ったとき、
「ああ君、ちょっとこれをすまんが……」
モーニングを着た主任の馬島が、ミサ子のわきへ急ぎ足でやって来た。
「すまんが、これだけやっておいてくれたまえ」
拇指の腹をなめなめ、手をとめたミサ子の顔の横で厚い洋紙の頁をしらべた。調べ終ると、ミサ子は何とも返事しないのに、
「じゃ、ここへおいとくから……」
さっさと行ってしまった。チラリと、それを見たまんま、ミサ子は小さい椅子の上へ坐り直し力を入れてタイプライタアを打ちつづけた。
女事務員だけが何ぞというとダラダラ居残りをさせられ
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