けどね、そんなことだって会社は口実にしようと思えばするってことなのよ」
 洗面所の窓から、宏壮な××○○会社の建物の間にはさまれたコンクリートの内庭が見下せた。一台の真新しい赤塗りの重油運搬用トラックが真昼の日を浴びそこに来て止っている。無帽子の社員が三人ポケットへ手を突っこんで、一人の男が何か説明しているのを聞いている。
 和田れい子が、窓から首をひっこめながら、
「はる子さん、ほんとうに気の毒ね。私女としてつくづく同情しちゃうワ。あのひと、とても無理してたからとうとうこんなことになっちゃったのよ」
「――旦那さんがあるんでしょう?」
「あるんだけど、今ルンペンなのよ。それが会社へしれるとまたうるさいし……それにね、はる子さんおなか[#「おなか」に傍点]があやしくなってたのよ」
 洗面所にいた女事務員たちみんなが、れい子のこの話へ注意をひきつけられた。
「そうだったの!」
「まあ……しらなかったわ」
「でもね、旦那さんがそんなだし、会社じゃたださえ結婚してる女をよろこばないでしょ? 帰りをいそいだり、欠勤が多いって云ったり。――はる子さんが今身持んなって、それでクビんでもなったらとて
前へ 次へ
全74ページ中37ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング