て髪を直しながら、
「はる子さんの、その肺リンパって、肺病なのかしら」
と、瘠ぎすの依田とよ子が云った。わきで、ザア、ザア水を出して手を洗っていた柳が、
「肺病って――結核じゃないのヨ。でもあたし達の職業病だわ。邦文タイプを永くやってると、力を入れる工合でみんなそうなるのよ」
「たまんないわねエ」
 はる子は××○○会社の女事務員の中では古株で六七年勤めみんなから信用されていたのだ。
「はる子さんぐらいになったら、病気手当ぐらい貰えたっていいわね」
「そんなもん、会社が出すもんですか」
 依田とよ子がいつもになくプリプリした口調でミサ子に云った。
「私が入社するとき、人事課の細谷が真先に『あなたの御両親は御健在ですか』ってきいたことよ。父はいませんて云ったら、何病で死なれましたかだって。……私が病気んでもなれば、そりゃ遺伝だって片づけられちゃうにきまってるわ」
「――何だったの? お父さん」
 クリーム色の帯あげをしめなおしながら、サワ子が子供っぽく訊いた。
「船長だったのよ。南洋航路で船が沈没しちまったんです」
「アラ……。じゃそんなもの遺伝しやしないじゃないの」
「きまってるわ。だ
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