方へ曲る後姿を見ると、ミサ子はムラムラとした。
 五時になるのを待ちかねてミサ子はこんどは柳を誘い、二階の端《はず》れにある応急室へ行って見た。
 ドアをあけると室の中はもうガラン堂だ。はる子がいたときあげたのだろう。茶色のブラインドが一枚だけ巻き上っているところからだけうす明《あかり》がさして、むこう側のビルディングの窓が往来をへだてて見えている。毛ピンが一本床に落ちていた。ミサ子はそれを見ると淋しい気がした。
「大丈夫だったのかしら」
「……さア……」
 洗面所掛の小母さんにきいたら、気がつくと沖本が来て、
「どうだね、そろそろもう帰れるだろう」
と云ったので、はる子はまだふらつくが守衛に自動車をよんで貰って独りでかえったということだ。
「どこなのかしら家って」
「代々幡《よよはた》だわ」
「――自動車代、会社で出すのかしら」
 柳は、
「出すものか!」
と云ったぎり黙り込んだ。

        八

 二三日経った。けれども、はる子は出勤して来ない。
 やがてはる子を知っている××○○会社の女事務員の間に、はる子さん大分悪いらしい話だわという噂がひろまった。
 洗面所の鏡に向っ
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