さん! 死んじゃうんじゃないかしら」
 しづ子が泣きそうに云った。
「――ふ、こんなことで死んだら女なんてものは一生に二十度ぐらい生れかわって来なくちゃなるまい」
「体のせいだねエ」
「沖本さん!」
 ミサ子が沖本の後からつよい声を出して呼んだ。
「医者呼んだんですか」
「いいだろう」
「ひどいわ! だってあなたに容態なんか判らないじゃありませんか。若し、何かあったらどうするんです」
 沖本はミサ子のいうことになんぞ耳をかさず、小使がやって来るのを待って、
「それ」
と、唇の色をなくして倒れているはる子の方を顎で掬った。××○○会社には、一脚百何十円とかする鞣皮張《なめしがわばり》の安楽椅子が二十脚も並んだ重役会議室があった。が、設備のある医務室というものはなかった。
 二人の小使にぐったりとだかれてエレベータアの方へ行くはる子のわきについて歩きながら、しづ子が後毛《おくれげ》を頬にこぼして、
「小母さん、すみませんがよく見てやって下さいね、ほんとに私心配だわ」
と云った。
「ああよござんすヨ」
 沖本がその連中について形式だけの応急室につかわれている室の方へ降りて行かず、スッと庶務の
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