保町の角へ来ると、
「じゃ……失敬しますから――」
 丁寧に帽子へ手をかけ、電車のり場の方へ行ってしまった。じゃ私も帰ろうと云うかと思うと、反対にみどりは、
「さ、二人っきりで私却ってうれしいわ! 急にこんなこと云って、あなた妙に思うかもしれないけど、私淋しいのよ。だから、つきあって――ね?」
 三省堂の喫茶部へ入った。ミサ子は紅茶を、みどりは伏目になってソーダ水をのんでいたが、
「こんな話をするの今日はじめてね、あなた、私をどんな女だと思う?」
 落ついてさし向いになって見ると、ざっくばらんな、いじらしいところを感じ、ミサ子は、
「私なんかあなたなんぞのお歯に合わないと思ってたわ」
と正直に云った。
「そうオ?」
 ソーダ水をストローでかきまわしながら、やっぱり伏目のまんま、
「私は違うわ、あなたはわりあいお高くとまってないから、初めっからすきだったわ」
「…………」
「ね、大井田さん」
 耳のまわりの捲毛をふるように頭をあげ、
「あなた、勤め辛くない?」
 喰い入るような黒い眼でみどりはミサ子を見つめた。
「そりゃとても癪なときがあるわ」
 だが、みどりの眼には、そんなミサ子の言葉
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