道そうな様子に似合わない云いかたなので、冗談か本気か見当がつかず、ミサ子は思わずチラリと対手の青年らしい横顔を見た。それから、
「そんなこと出来ないわ」
と短かく云った。ミサ子の実家はもう母親一人で、それが千葉の兄の家に厄介になっているのだ。
それに、これはまだ誰にも云わないことだが、ミサ子はこの頃自分の勤めに、何かこれまでと違った気持を感じ始めているのだ。
そのまんま、黙りこんで暫く歩いて行くと、誰かが後から軽くミサ子の袂にさわった。ふりむくと同時に、
「――一緒に行かない?」
紅の濃い黄色い半襟のみどりだ。ミサ子の返事も待たずスッと並んで歩き出しながら、
「あなたたち、どっち?」
「すぐそこから省線へのるのよ」
「あなたも?」
ミサ子の顔を追いぬくように自分の化粧した顔を坂田の方へ出して訊いた。
「僕は本郷の方です」
「じゃちょっとそこいらでお茶のんで行かないこと? ね」
「さあ……」
みどりの装《なり》がいやに人目につく。その上そんな金もないのでミサ子は二の足をふんだ。
「私おごるから……ね、いいじゃないの」
二人の女の押問答には仲間いりをしないで歩いていた坂田が、神
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