カチカ眼をさす店頭の灯をはなれて天を見ると、小さく澄んだ月があった。そう気がついて見ると広いアスファルト車道のところは、どこか蒼んだ月の光がおびただしい街燈の輝きの底に閃めいている。
ミサ子は、フェルト草履で歩きながら、
「柳さんにこの頃ちょいちょいお会いになりますか」
と坂田にきいた。
「ええ会います」
それから、笑いを含んで、
「こないだは××商事でえらい目にあわれたそうですね」
優しく顔を見られて、ミサ子はちょっとてれた。
「――ええ。……でも私あとから考えてもう一つ口惜しいことがふえたんです」
「どういうことです?」
「だってね、××商事の大沢が私をドナリつけたときね、私思わず知らず『私何かわるいことをしたんですか』って云っちゃったんですの。どうして『あなたが私をドナル権利はないでしょう!』って云ってやらなかったかと思うわ」
「ハハハハハ……でも大分みんなほかの女事務員のひと達もフンガイしたそうじゃないですか」
「ええ――でも駄目です。二日もたつとみんな忘れてしまってるらしいんですもの」
「――ひとつ、そんな会社、やめてやったらどうです?」
坂田のおとなしそうな風采や地
前へ
次へ
全74ページ中24ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング