こまでも受けみに手をとられたまま心配そうに、だが矢張りことの本質はちっとも分っていない風で弱々しく答えた。
「私だってそりゃ気が気じゃないんだけれどねエ……」
三
主任の机はがら空きで、やって来ている連中も、執務姿にはなっているが或る者は廻転椅子をテーブルとは逆な方へ向けて新聞をひろげている。
私用らしい手紙を書いている者もある。
ミサ子は、タイプライタアの仕度をしておいて、膝の上へ婦人雑誌をひろげ読んでいた。
柳が発起して××○○会社に働いてる女事務員の一部が雑誌購読会をもっていた。一冊分の会費を払えば順ぐりいろんな雑誌がよめるのでみんなによろこばれている。
不図《ふと》ミサ子は思い出した。××商事につとめている順子と左翼劇場へ行く日をうち合わせるのは今日の約束だった。
ミサ子はエレベエタアで地階まで降り、電話で順子を呼び出した。
「もしもし、今どう?」
「直ぐならいいわ、いらっしゃいよ」
疾走する自動車が都会の風をまき起す。ミサ子は翻える臙脂《えんじ》色の裾を押え、ひろい、街路樹の植わった東京駅前の通りをつっきった。
すぐ前の舗道に沿って並んでい
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