うなって?」
と、柳の顔を見た。
「私今からすぐいくらかでもみんなの力でしてあげたいと思うわ」
「賛成だワ。はる子さんの口惜しい心持は私にだって実によく分るんですもの!」
食堂の不平を話したときには体裁がわるいと尻込みしていたサワ子も、はる子の手紙に動かされ、熱心に相槌を打った。
「――惜しいことにもうゆっくり相談してる時間がないわね、……で、どうしてやる? 誰か係りをすぐ決めようじゃないの」
柳の言葉をひったくるようにれい子が、
「雑誌購読会の名でしましょうよ」
と提案した。
「個人個人の名を出すと穴銭がまたうるさいから……」
「何か勧誘状みたいなものがいりゃしない?」
しづ子が訊いた。
「あった方がいい。誰が書く?」
「――柳さんお書きなさいよ!」
例の落付いた口調で柳が云った。
「じゃ、私退社までに下書こしらえておくわ。それをみんなで相談して清書しましょうよ」
「早い方がいいわ、ね!」
ミサ子が云った。
「あしたっからすぐやり始めましょうよ」
れい子、サワ子、ミサ子がめいめいうけ持を分担して××○○会社ではる子を幾分なりとも知っていた人々の間に慰問金募集をやることになった。
昼休みに地下室の食堂で、隅の方の長|卓子《テーブル》にかたまっている給仕連のところへ行ってミサ子とれい子とが云った。
「はる子さん、クビになったのよ、いよいよ。あんなにいい人だったのに病気してるし、本当にお気の毒だから、私たち慰問してあげようと思うの。お出しなさいよ、二銭でも一銭でもいいわ、気は心だから……」
「――へえ。じゃ僕大枚五銭!」
「おい須田君、電車賃かしてくれるかい? かす約束してくれたら十銭出すぜ僕」
「じゃ、これ」
一円二三十銭集った。だが、男の社員たちのところへ勧誘に行くと、ミサ子は一種の腹立たしさを感じた。多くの者ははる子の首切りにも慰問金募集にも極めて冷淡だ。ミサ子がさし出す勧誘状を手にも取らず、椅子へ腰をずりこましてかけたまま読んで、大町という社員は、
「ふーむ、こりゃ誰が書いたんだい? なかなか文章家じゃないか。ちょいとほろりとさせる効果があるぜ。さすが女だね」
と云った。
「どれ、どれ」
眼をせばめてわざとらしく煙草の煙をさけながら、別の一人が、
「――佐田って……この女亭主持だろう?」
「とんだカンパがはじまったもんだな。じゃバット一箱分喜捨するよ。その代りよく僕の名をつけといてくれね。僕がクビんなったら大いに小野救済カンパを起してもらうから……」
大体女事務員たちのやることだ、と下目に見た態度がみんなにある。ワイシャツのカフスを引こめながら軽蔑した口つきで、
「僕は知らんね。会社の責任だろう。こんなことは――」
と云う者もある。社員の間で言葉数は多いが金の方は思ったより集まらない。
顔を合わせると、ミサ子もれい子も、
「男のひと達、始めっから出す気がないんだもの」
と、感想は一つだった。
「五十銭や一円、カフェーへ一足よったと思えば何でもないのにねえ」
女事務員連ではる子の事件をよく知っているものは真実わが身にひき添えた同情を示した。
「私ほんとはもっともっとしたいんですけれど、実は去年からストップなのよ。あしからずね」
そう云えばミサ子や柳にしろ、一昨年頃から月給はちっとも上らないままだ。
「私、はる子さんてひと、よく知らないんだけど……」
と、まわりの振り合いを女らしく考え、それだけで出すものもある。
然し、どっちにしろ、××○○会社の内部ではあっちこっち働いている課の違う女事務員達の間に、廻状をまわすだけが、一仕事だった。
執務時間中、女事務員が公務のほか他の課へ行くことはやかましく禁じている。けれども、確実に対手をつらまえようとすれば執務時間を狙うしかない。
ミサ子は、他課へ廻す書類を打ちあげると、さり気なく検閲をさせて自分のところへ持ちかえった。暫くしてから、ああ、とびっくり思いついたようにその書類を握って素早く室を出た。本来こういう仕事は給仕の役なのだ。藤色のミサ子の事務服のポケットには「佐田はる子さんのために」と書いた廻状が入っている。――
十二
はる子の代りだと云って新しく入社した太田千鶴子が、女事務員たちの間に不人気だ。
「今度入ったひと、凄いわね」
という第一日の印象が、だんだん、
「ちょいと私どもとはお人柄がちがうのね」
という風に濃くなって行った。
千鶴子の方でもまたそういう素振りを憚らず見せた。例えば会社へ出勤して来る服装《なり》にしろ、みんなは銘仙程度だのに、千鶴子の羽織はいつも縮緬だ。フェルト草履にしろ、ハンド・バッグにしろ、自分たちが僅の月給から工面して買うものとは格が違うことをみんな敏感に見てとった。ところが、三日ばかりすると益
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