に傍点]を食べ初めながら柳が、
「ねえ、どう思う? 私、食堂の問題はみんなでもう少し真剣に考えなくちゃならないと思うわ。わたし達家で御馳走をいくらでもたべて補充の出来る身分じゃないもの。謂わばお昼が一等主な食事なんだもの。あんなもの食べさせられて、栄養不良で病気になればすぐクビ[#「クビ」に傍点]じゃ、余り話にならないじゃないの」
「全くだわねえ!」
しづ子が賛成した。ミサ子は柳の言葉やそれに反応するみんなの気分を、我知らずこまかく注意した。はる子の事件は女事務員の大多数に、××○○会社に対する一つの共通な不満感を与えていた。食堂の不平だって、それと心持のどっかでは絡んでいるのだ。
ミサ子は、笑いながら、
「どう? 賄征伐やっちゃ!」
と云って、四五人の顔を見渡した。
「あら、いやだ……」
れい子がそれを、おさえて真面目に云った。
「考えると、でも変だわよ。同じものを給仕さんたちは十銭でたべてるんでしょう? 月給百五六十円の人たちだって二十銭とすれば一番割のわるいのはわれわれ階級じゃないの。われわれ女連が一番しぼられてることになるのよ!」
「だって、まさか私達が食べもののことからストライキも出来ないじゃないの、みっともなくて……」
ぬるい茶番をのみかけていたミサ子がそれを置いて熱っぽい調子で云った。
「私達がそういう心持をすてない限り、むこうじゃそれを利用してつけ込んで来ると思うわ」
「――そりゃ確にそうね、――でも……」
しづ子、依田そういう割合元気な連中もこれに対しては黙りこんでいる。――
そのまんま「モーリ」を出て、みんなはぶらぶら東京駅の方へ歩いて行った。
デパートの送迎自動車だまりの広場で白いテントが陽に光って、人の列が見えている。黄色い葉をのこした細い銀杏の若樹のまわりや、暖められたガソリンの軽い都会らしい匂いの中を絶間ない自動車の往来を縫ってはあっちこっちのビルディングから出て来た連中が素頭で散歩している。
この大勢の、大して愉快な希望もなさそうにして歩いている殆どみんなが月賦の洋服を着、女房子供をかかえて去年から賞与も半減かまるで無しかで日々同じように働かされているのだと思うと、ミサ子は心の底でおっかないように感じた。
実際丸の内の気分も、この二三年に変った。ミサ子が女学校時分ここを通る毎に感じたような、自信ありげな、燦々光るような雰囲気は、この頃の丸の内のどこの隅にもない。ぶらぶらと歩いている連中も気むずかしげに巨大なビルディングの下で、小さくごみっぽく見える。
東京駅の正面車寄のわきの槇の植込みの前で三四人もう頭の薄くなった連中が日に向って並んで、ニヤニヤしながら仲間におとなしく素人写真を撮られていた。
十一
そろそろ時間になるので、ミサ子が衝立《ついたて》のかげで仕事着のスナップをかけているところへ、
「ちょいと」
廊下かられい子が手招きをした。
「なアに?」
「化粧室へいらっしゃいよ、はる子さんから手紙が来たんですよ」
思わず足を早めて行って見ると、廊下からは見えない一方の隅の鏡の前へ、柳をはじめしづ子、サワ子そのほか二三人がかたまって凝っとしている。
れい子が真面目な小声で、
「大井田さん来てよ、見せたげて下さい」
と云った。黙ってしづ子が手にもっていた藤色のレターペーパーをミサ子の方へ出した。
鵞堂流にくずした細いペン字が紙を埋めている。ミサ子は、書き出しのありふれた時候の挨拶のところはいい加減にしておいて、「私の今度の病気につきましては、本当にみなさまの心からの御親切なお慰めの言葉をいただきまして」というところから先を、気をつけて読んだ。はる子は持ち前の地味な気質から、自分の心持は表面に出さないように努めているのが文章の調子でよくわかった。それでも、この手紙を××○○会社の同僚一同へあてて書く気にまでなった圧えきれない熱いものが、切ないほど細い女らしい字のかげに溢れている。
「一昨日会社から使で解雇通知と金一封をいただきました。あけて見ましたら、百五十円也入っておりました。不束《ふつつか》ながら私が七年間こんな体になるまで会社につくした労力は、百五十円のねうちでございましたのね。ホホホホ………」
ミサ子は、この文句を繰返し読んでいるうちに頬っぺたの下の方が鳥肌だって来るような強い感じにうたれた。
みんな体を大切にして元気で暮すように。そこで働いていた間、みなさんが自分に優しくしてくれたのを忘られず、挨拶を書く。万一気がむいたら遊びに来てくれ。そういう言葉の終りに、さりげなく「私の病気も伝染性ではないそうで、そればかりはせめてもと思っております」といかにもはる子らしくつけ加えてある。――
ミサ子は、しづ子に手紙を返しながら、
「慰問金のこと、ど
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