れまでにしろ、小説で読んだり、新聞で読んだりして、種々の経営の中に強い、闘争的な左翼の組合のあることは知っていた。だが、柳から渡された全協一般使用人組合のニュースは、ミサ子に、漠然と頭で考えていたのとはまるで違う感動を与えた。組織は思いもかけないところまでひろがっている。〔三字伏字〕の内部からさえニュースが出ている。――
宏大なビルディングの聳え立つ丸の内一帯の風景が、からくり[#「からくり」に傍点]をわって、現実の底から初めてミサ子の前に立ち現れた。最後には必ず大衆によって征服されるべきものとしてそれは示されているのだ。
ミサ子もこの頃は、現在の社会で多くの者を不幸にしているのが一人二人の人間の力、まして××○○会社の穴銭沖本だなどとは思っていなかった。この資本主義の世の中そのものが組立て直されなければならない。だからこそ、××○○会社の内でもミサ子は知らず知らず女事務員たちの間にあって、柳などの助手のような立場に立ち、みんなの不平をあつめたり、一致した行動へみんなを召集したりする仕事に加わるようになったのであった。
柳が恐らく分会員であろうということは、ミサ子をちっとも驚かせなかった。何か当然だという落付いた心持さえした。自分がこんなに闘争の組織に近くいるのだという新しい自覚。自分までその組織に吸いよせられるであろう程、この日本の中に大衆の力はもり上っているのだという生々しい実感が、ミサ子を腹の底から揺るのであった。
焜炉の中ですっかり燃えきった紙が黒いカサカサした屑になってしまうまでミサ子は身じろぎもしないで見届けた。それから四辺に飛ばさないように焼屑を焜炉の下へおとし、それを片づけた後の座敷を掃き出した。思い込んで下を向いたまま丁寧にゆっくり箒をつかいながら、ミサ子はこういう一つ一つのことを自分が何とも云えぬ深い愛と注意とでやっているのに愕《おどろ》いた。こういう文書を始末する心持は独特であった。跡かたもなく焼き、掃き出しながら、しかも逆に焼きすてたものの内容が一層身につくというような切実な感じなのだ。
翌朝、ミサ子はこれまでにない希望と観察に満ちた気持で丸ビル前の広場に溢れる勤人、女事務員の群衆をながめた。
××○○会社の通用門を入ろうとするところへ、ちょうど向うから柳がやって来る。ミサ子は思わず包みを持ちかえながら待ち合わした。
「お早う……
前へ
次へ
全37ページ中30ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング