もしたら、さぞ愉快だと思うんだけれど……」
「――ほんとに!……」
 ミサ子は、微かに顔を赧《あか》らめながら、
「私、生意気みたいだけど、実はそんなようなことも考えてはいたのよ、こないだっから。……私達、全く会社の中では切り離されていて仕様がないから、せめてそんなことででも集まれたらどんなにいいでしょう」
 柳は考えぶかい黒眼が一層黒く輝くような表情で、
「はる子さんのお金集めはいつ頃すむかしら」
と独言《ひとりごと》のように云った。
「さあ……もう一週間ぐらいのうちにはすむわね」
「沖本の穴銭がぶつぶつ云い始めたらしいのよ、少しぐらいまわり切らなくても、崩されないうちにそっちは一応切りあげて、これを手がかりに演劇サークルみたいなものをこしらえたらどうかと思うんだけど」
「いいわ! 会社であれだけにみんなの気が揃ったことってはじめてなんだから、これっきりにするのは何だか本当に惜しいわ」
 柳が坂田に向って、
「××○○会社の女事務員はお上品だから、どんなに食堂がひどくても、食べ物のことから騒ぐなんてことは出来ないんですよ」
と鷹揚に笑った。坂田は、
「ふむ」と云ったぎり、別に皮肉な顔もせず、また笑いもしない。
 ふだん何だか落着ないサラリーマンばかり見ているミサ子には坂田のその様子が好意をよび起した。柳たちはざっと二時間ばかりいて帰りかけた。が梯子《はしご》の下り口で、
「ちょっと」
 柳が後からついて来るミサ子の体をかるく押し戻して、小さい封筒に入れたものを握らした。
「これ読んで――あと焼いちまって! いい?」
 ミサ子は合点した。そして渡されたものを内懐へ深くさし入れ、すぐ柳の後につづいて降りて行った。

        十三

 焜炉《こんろ》を座敷の真中へ持ち出し、ミサ子はその中で柳がおいて行ったものを焼いている。割烹前掛をかけた両膝を焜炉のふちへ押しつけるように蹲んで、ミサ子はだんだん燃える紙に目を据えている。左手の先を割烹前掛の袖口の中へひっこめ口元を抑えている。さっきまで柳や坂田の喋っていた窓の障子は今もあいたままで、そこから風のない日に照る欅の木の梢が屋根越しに東京の郊外らしく眺められる。煙を出さず、明るい午後の森閑とした座敷の中で、明るい焔を立てて紙が燃えて行く。
 ミサ子は何とその心持を表していいかわからず、凝っと袖で口元を抑えているのだ。こ
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