私はどうかして一晩夢中で悲しみ、声をあげて泣き、この恐ろしい張りつめた心の有様から逃れたい。私の感傷は何処に行った。ああ本当に泣けさえしたら!
 考えて見れば、私は、彼の行方が知れなくなった時、あの縁側に佇み、青葉をつけ始めた樹木を眺めながら「さては」ととむねをつかれた時、やはり泣かなかった。磐石が心に押しかぶさったような云い難い苦痛を覚えた。それだ。それが今もつづいている。斯うやって考えていると、地面でも掘って頭から埋って仕舞いたいような惨めな堪らない心持と一緒に、今、たった今、彼の墓を掘りかえし、彼の肩をつかみ、力限り揺ぶりたい衝動を感じる。彼に目を醒まさせ、一言返事をさせたい。本心をききたい。面当てか、そうでないかの。――
 私は無慈悲な、冷酷な女ではない筈だ。私は彼をしんから愛した。同時にいやなところをしんから嫌った。彼は不運なことにこの私の嫌がり丈を強く感じた。そしてああいうことになったのだが――気の毒だ。実に気の毒だ。而も、こうやって、制し難くこみあげて来る苛立たしいような、腹立たしいような、泣くに泣かれずむかつく激情は何だろう。
 私は、彼の上に泣き倒れられない自分を腹
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