出すことが出来るが、小さい糸こぶをもった布切れがどうしても傷の奥ふかく食いこんでのこって生命のために危険なのだそうである。こうやって道行く人々をとらえてその千人針を懸命にこしらえている人々は、そういう事実を恐らくは知っていないであろう。知っているにしても、せめてはそれも心やりからで、出征してゆくものの無事息災を希う家族の気持がじかに迫って来て、縫うことを冷たく拒み得ないものがある。
胸を圧される心持でバスにゆられてかえって来たら、私の住んでいる駅の方からバンザーイという沢山の人間の喉からしぼり出される絶叫が響いて来た。
昨今はこういう日常の雰囲気である。『中央公論』と『改造』とが北支の問題をトピックとしているほか、トロツキーの「裏切られた革命」の翻訳を別冊附録としているのは、誰しも一応の注目をひかれることである。『改造』の附録の方の翻訳署名責任者として荒畑寒村氏が、最後に「訳者の言葉」を附し、この四六判二百九十余頁に亙るトロツキーの「絢爛たる文彩、迫撃砲の如き論調、山積せる材料、苛辣なる皮肉」が結局「どんなに善意に解釈しても、ソヴィエットの社会主義的進化の実状に対するトロツキーの思
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