題なのであるから、作者がそれにふさわしい手法で、能動的に、しかもこくを失わず、複雑な竹造の内的活動と、妻ゆき子との交渉を、折々の情味ゆたかな具体性において引つかみ、押しすすめて行ったら、「風雲」は全く一つのつよくやさしい階級の心情を丸彫りしたものとなったであろう。
「風雲」について見る場合、作者の意企が作品に形象化され切らなかったという意味で、どちらかといえば失敗の作となっている。このことは作者自身も恐らく同感であろうと想像する。そして、失敗の原因がこの作品においては、主題と手法との間にある矛盾であると考える時、その問題を、作者の人間的な要素としての階級要因において分析しようとする欲望を感じるのである。
「風雲」において、作者は竹造の過去の身の上に具体的にはふれていない。私の理解し得る狭い範囲でいうことではあるが、この作者がこれまで階級人として実践して来た道を見てもおのずから明らかであるとおり、非常にまめで行動的な、骨おしみをしない性質の人である。彼はその能動性によってインテリゲンチアの生活から勤労階級に移行して来た階級人であり、将来の発展性をもその点にしっかりと持っている作家であると
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