信じて誤りはないと思う。
しかしながら、一方彼にはその出生や成長した環境及び遭遇した青年期における時代的影響もあって、気弱で、情緒的で、部分的にはやや主観に傾くところもなくはない。過去における文学修業の道で「風雲」の作者がある期間室生犀星、芥川龍之介、徳田秋声の芸術に接近したのも、前にいったような作者の一面とのつながりにおいて見れば、それが単なる偶然ではなかったことを私たちは理解するのである。作者は、古風でやかましやの学問ある医者を父に持ち、和歌や俳句は一つの伝統的文学形式としてある時代の作者の中に生きた。
文学の道で「風雲」の作者の歩み出しはそのようなものとなったが、当時作者のおかれていた社会的現実は日給僅か一円なにがしの、小倉袴をはいた一下級雇員の日常であり、勤労階級の日常のうちに文学を愛好する青年たちの生活感情を、その頃のやりかたと内容とで作者は経験したのであったと思われる。
作者の朝から夜をとりまく現実の力が、やがて彼の性格の積極面を正しく押し出すようになって、実践的に階級人としての移行が起るにつれ、芸術に関する道も当然新たな方向に発展せしめられた。彼は、プロレタリア文学
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