にはわたしたちの心をひきつける人生の姿がまざまざと描かれているが、わたしたち自身が自分で文をつくり出してゆく時は、原稿紙のわきにどれほど傑作をつみあげておいても何の役にもたたない。それどころかわたしたちは不思議なことを発見している。人生を深くとらえて描き出し、読む人の心をひきつける作品というものは、奇妙な力をもっていて、読者がまじめに、その作品の世界に入ってゆけばゆくほど、ますますひろく、ますます深く、日頃は何となくすぎてきた自分の生いたちや親たちの人生、いまの自分の生活とその中にあるいくつかの問題などについて、はっきり眼をさまさせられてくるものである。これは、おそらく小説を書こうという気持をもっているすべての人が、しっかりした作品を読んでゆく間に経験している心持であろうと思う。いい作品はその作品の世界がわたしたちの生活をひろくゆたかにするばかりではなく、わたしたち自身の生活を見直させ、自分として是非これはかいて見たいと思うテーマを発見させさえもする。
小説のおもしろさ、がここにあり、文学が、人生の教師であると云われることの意味も、ここにある。よい小説にひきこまれるおもしろさは、ただ
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