されて来ることなしに、文学は真実の意味で歴史的な飛躍をとげることは出来ないのである。

 そもそも人類の祖先たちが文字を発明した動機は何だったろう。洞窟に木の皮や獣の皮をまとって生活していた原始生活から発展して来て、ただその場かぎりの餌としてたべてしまうよりも多い計画的な狩猟や農耕がはじまり、交換が行われるようになると、彼らは、自分たちの、忘れるという意識の生理現象に対して、意識をめざまされ、それを生活上不便だと感じるようになって来た。そこで人類の祖先たちは、イリーンが面白く旅行しているように、一定の約束をもった長さ、短かさで棒に記号を刻みつけたり、ぶら下げた繩にそれぞれ約束できめられている形で結び目をこしらえたりしはじめた。
 人類が、火をこしらえる方法を発見したこと、それから字のはじまりである記号をもつようになったこと、この二つは、人類を他の生物から区別した。人類には、他の動物より発達した知覚があるばかりでなく、生存のためのたたかいの上におこった経験を記憶し、その多くの経験から一つの法則をひき出して来る能力があった。他の動物にない性格がある。文字の発明が、そんなに生活的な動機をもち
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