「女の一生」のジャンヌと「凱旋門」のジョアン・マズーとの間にどれだけ大きなヨーロッパの資本主義社会全体の変化が語られているかということを理解し、スカーレット・オハラの強い性格が南北戦争の波瀾を通じて精力的に日々の生活ととっくみながら、いわゆる逞しく生きとおされながら、その窮極では一つも社会的な人間としての性格発展なしに、もとの自分の農園にかえってゆく、そのように通過された生活があるだけの人生の生き方について疑問をもっている。「にごりえ」の世界を、現代の売笑の女の気風とくらべたり、「妻の座」を「あぶら照り」や「伸子」とともに「女の一生」と連関させて考えることもできる。
 そういう人は世間でいう文学の話せる人[#「文学の話せる人」に傍点]の、タイプである。今日の世界民主婦人連盟について知っており、ソヴェト同盟や中国の新しい社会で婦人がどう生活しはじめているかということについても、相当に知っているだろう。日本をこめる世界の帝国主義が、世界の全人民の幸福と平和にとって、どんな役割をもっているかということも、分っているだろう。そして日本の文化や社会の習慣から封建と軍国主義的な影がとり去られなければならないことを、身をもって感じている。男友達と映画や芝居を見に行ったり、泊りがけのピクニックにでかけたりすることも、職場で若い女性が男性と一緒に働いて、一緒に組合運動をして、一緒に働くものの青春を守っているのだから、当然一緒に青春を楽しむのだというたてまえが主張された上での行動として、されてもいるだろう。おそらく彼女は、冒険をさけてばかりはいない性格であろうし、刻々の条件のなかで楽しさをひき出し、自分とひととの愉快のために雰囲気をつくるかしこさも持ちあわしているだろう。そういう面から見たとき、彼女は婦人雑誌でいう教養も、話題に困らないほどはゆたかで、女として人間として活溌であるものの面白さを自分の身に添えて表現する技術も理解し、わきまえている近代的[#「近代的」に傍点]な若い婦人であるということが出来よう。
 しかし、この頃よくあるように、家庭のある男の人と恋愛めいたいきさつがはじまったようなとき、あるいは、そういういきさつが自分の人生に起りかかっているのを自覚したとき、そのひとは、現実の人生問題をゆたかな文学的教養とむすびあわせて、どのように身を処していくだろうか。トルストイの小説の中には、トルストイがロシアの上流社会の習慣に抱いていた批判から「アンナ・カレーニナ」がかかれ、「クロイツェル・ソナタ」が書かれている。彼女はこれらの作品の中に眼の前にさし迫っている自分の人生問題の解決のきっかけをつかむことはできまい。それならばその頁の上に、まともに立っている男女の姿が見当らないほど、みだれにみだれて、その誇張が読者の好奇心をそそってゆくような肉体小説の氾濫の中に、人生に対するよりどころだの、自分の良心の拠点だけが見出されるというのだろうか。社会主義の社会での婦人勤労状態や日常生活のあらそいを理解しており、「家族・私有財産・国家の起源」も婦人の歴史的地位を語る本としてあれほど分って読んだと思うのに、身に迫った男女関係の著しく不幸な戦後的混乱の前には、われからたじろぐ感情があることを、その人は、どんな人生と文学の角度から処置する決意をもつだろう。そのいきさつを肯定するにしろ、否定するにしろ。「当節の若い女性は中年紳士がお好き」という色ペンキで塗られたバラックのような風潮から、自分と自分の事件の本質を区別して、人間らしく生きようとしている人間として、社会人として責任の負える立場でつかんで、処してゆくために。文学ともいえない読物の中には、重役と女秘書、闇の事業の経営者とその婦人助手のいきさつなどがはやっているけれども、パール・バックの「この心の誇り」にとらえようとされている女性の自立の世界と、それはどんなにちがっているかということを見くらべるにつけても、その人は自分の立場をどの点において、判断して行動してゆくだろう。もしその人が小説を書くならば、そこには社交的な恋愛から結婚が、仕事の協力者として発見された人と人との間の愛と結合に発展してゆく「この心の誇り」ともちがい、ただありふれた三角関係をそのままにうけ入れてかこうとしているのでもない、新しい女性としての人生発見のいきさつが、その矛盾のはげしい高低とたたかいの姿でかかれなければならないわけになる。新しいモラルが見出されなければならない。そして、生活と文学とをひとつらぬきにしたその努力がつきつめられてゆくにつれて、日本の現在の社会のままでは主観的に愛情の内容がいろいろにたかめられ、社会化されたモメントにたっているとしても主婦、という立場で日々のいとなみがあんまり女性にとって重い負担だから、当然主婦と職業の
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