場の労働者の生活にあらわれている。フォードの極度に合理化された能率増進の分業では、一つずつの作業に、人間として最大の能力を発揮する労働者が配置されている。そのかわり、万一その労働者がその職場を追われると、彼はもうどこでも働きようがない。彼は自動車製造という長い全面工程のたった一つの小部分にだけ精通し、労働の全能力がそこに規画されていわば精巧なかたわ[#「精巧なかたわ」に傍点]にされてしまっているから、ほかのところでは役にたたない。フォードの労働者が、不景気につれて案外に低賃銀をうけ入れ、労働時間の短縮をうけいれなければ生きてこられなくなっている原因はここにある。
人間的な労働条件はチャプリンの喜劇に示されたような人間性の機械化から、人間を解放しなければならない。文化の面でも、商業ジャーナリズムについても同じことが云われはしないだろうか。社会労働と文化の全面で、わたしたちは、まともな人間一個としての生活にふさわしい統一と釣りあいをとり戻すためにたたかって行かなければならない。その意味から云っても人民の生活エネルギーのうちにかくされ、眠らされている能力が、新しい社会感情と文学の上にめざまされて来ることなしに、文学は真実の意味で歴史的な飛躍をとげることは出来ないのである。
そもそも人類の祖先たちが文字を発明した動機は何だったろう。洞窟に木の皮や獣の皮をまとって生活していた原始生活から発展して来て、ただその場かぎりの餌としてたべてしまうよりも多い計画的な狩猟や農耕がはじまり、交換が行われるようになると、彼らは、自分たちの、忘れるという意識の生理現象に対して、意識をめざまされ、それを生活上不便だと感じるようになって来た。そこで人類の祖先たちは、イリーンが面白く旅行しているように、一定の約束をもった長さ、短かさで棒に記号を刻みつけたり、ぶら下げた繩にそれぞれ約束できめられている形で結び目をこしらえたりしはじめた。
人類が、火をこしらえる方法を発見したこと、それから字のはじまりである記号をもつようになったこと、この二つは、人類を他の生物から区別した。人類には、他の動物より発達した知覚があるばかりでなく、生存のためのたたかいの上におこった経験を記憶し、その多くの経験から一つの法則をひき出して来る能力があった。他の動物にない性格がある。文字の発明が、そんなに生活的な動機をもち
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