帰るのであった。
それにしても、何と二階の座敷は暑くて、乾きあがっていただろう! 仕事の封じられた大きい机は、何と嵩ばって、艶がなくなっていただろう。
或る晩、ひろ子は、心のもってゆき場がなくなって、駅前の通りへふらりと出て行った。よしず張りの植木屋があって、歩道に風知草の鉢が並んでいた。たっぷり水をうたれ、露のたまった細葉を青々と電燈下にしげらせている風知草の鉢は、異常にひろ子をよろこばせた。どうしてもそれが欲しくなった。ひろ子は、亢奮した気持でその鉢を買い、夜おそく店をしまってから運んで来て貰って、物干においた。
洗濯物をどっさり干しつらねるというような落付いた日暮しを失っていたひろ子は、がらんとした物干に置かれた、その風知草に、数日の間、熱心に水をやった。けれども、益々苦しさが激しく、しず心が失われてゆくにつれ、哀れな風知草までが苦しい夏の乾きあがった生活にまきこまれて行った。風知草はいつの間にか、枯れ葉を見せはじめた。ひろ子は、けわしい眼づかいでそれを見ていた。が、水はもうやらなかった。
あの夏、たとえば、どんなに一人暮しの食事をして暮していたのか、今になってひろ子には
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