事情におかれた。その頃は、まだ文学者一般に、そういう処置に対して憤る感情が生きていて、ひろ子の苦しさも一人ぎりのものではなかった。それについて話す対手があったのであった。
三年たった四一年には、ぐるりの有様が一変していた。作品の発表を「禁止されるような作家」と、そうでない作家との間には、治安維持法という鉄条網のはられた、うちこえがたい空虚地帯が出来ていた。更に、一方には中国、満州と前線を活躍する作家たちの気分と経済のインフレーション活況があって、ひろ子の立場は、まるで孤独な河岸の石垣が、自分を洗って流れ走ってゆく膨んだ水の圧力に堪えているような状態だった。
経済上苦しいばかりか、心が息づめられた。その窒息しかかっている思いを、重吉に告げたところで、どうなろう。重吉に面会する数分の間、本当にその間だけひろ子は晴れやかになって笑えた。重吉も晴々して喋るひろ子を見て、愉快になった。だが巣鴨を出ると、よってゆけるような友達の家は遠すぎたりして、行雄のところへ行き、自分の内面とかかわりようもない声と動きにみちた暮しの様を見ると、ひろ子は、せめてまだあの家がるうちに、という風に気をせいて目白へ
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