あげたいけれど、あんまりのぞみがないわ」
「いいさ。寒けりゃいくらでも着られるだけ結構なもんだ」
 ペンをもったなり口を利いていた重吉は、又つづきを書きはじめた。長い年月、ほんとうに温く、人間らしくあついものを食べることもなく暮して来た重吉は、今のところ、何でもあつくして、それからたべるのが気に入った。揚げたての精進あげまで、
「やくと、なおうまいね」
 電熱のコンロに焙《あぶ》ってたべた。
「あつくしようよ」
 おつゆでも、お茶でも、生活の愉しさは湯気とともに、というように、あつくするのであった。ひろ子には、そういう重吉の特別な嗜好が実感された。さっき、コンロに湯わかしをかけたとき、
「たしかに俺はこの頃茶がすきになったね」
 重吉が、自分を珍しがるように云った。
「もとは、ちっとも美味《うま》いなんと思わなかったが……」
「この頃はみんなそうなのよ。ほかに何にもないんですもの。お茶の出しがらの葉っぱ、ね。あれを、はじめの時分は馬の餌に集めていたけれど、あとでは人間もたべろ、と云ったわ」
「僕はなかでくったよ、腹がすいてすいてたまらないんだ」
 暫く仕事をしつづけて、ひろ子によみとれ
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