とき、それは、嘗て打撃を加えたその痕跡から、そのひずみから、なお襲いかかって来る。ひろ子は、頬をもたせている重吉の左の膝の上の方を考え沈みながら撫でた。そこに、着物の上からもかすかにわかる肉の凹《へこ》みがあった。大腿のところに、木刀か竹刀かで、内出血して、筋肉の組織がこわされるまで擲《なぐ》り叩いて重吉を拷問した丁度その幅に肉が凹んでいて、今も決して癒らずのこっているのであった。
四
腰かける高いテーブルで、重吉が書きものをしていた。その下に低い机をすえて、ひろ子が、その清書をやっていた。
「何だか足のさきがつめたいな」
重吉が、日ざしは暖かいのに、という風に南の縁側の日向を眺めながら云った。十一月に入ったばかりの穏やかな昼すぎであった。
「ほんとなら今頃菊の花がきれいなのにね」
毛布を重吉の足にかけながらひろ子が云った。
「この辺は花やもすっかり焼けちまったのよ」
焼跡にかこまれたその界隈《かいわい》は、初冬のしずけさも明るさも例年とはちがったひろさで感じられた。夜になると、田端の汽車の汽笛が、つい間近にきこえて来た。
「久しぶりで、たっぷり炭をおこして
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