かい」
「わるい御亭主の見本?」
「そうさ」
「あら、だって母親だって自分の可愛い児に云うわ、わるい児の見本ですよ、ぐらい……」
「そういう調子じゃなかった」
 ひろ子は、じっと重吉の顔をみつめた。苦しく、重く閉されていた重吉の表情はほぐれはじめて、二つの眼の裡にはいつもの重吉の精気のこもった艶が甦っている。ひろ子は、うれしさで、とんぼがえりを打ちたいようだった。
「生きかえって来た、生きかえって来た」
 ひろ子は、小さい声で早口に囁いた。
「なにが?」
「――わたしたちが……」
 重吉は、やっとわかったがまだ怪訝だという風に、
「しかし、ひろ子の調子に、そんなユーモラスなところはなかったぜ」
と云った。
「そうだったこと?――」
 ひろ子は、恐縮しながら、いたずらっぽく承認した。
「そこが、つまりあなたのおっしゃるがんばり[#「がんばり」に傍点]の情けなさなのね、きっと。――でも、もうすこしの御辛棒よ、じき無くなってよ」
 重吉を励しでもするように云った。
「あなただって相当強襲なんですもの」
 こわい、絶壁をやっと通過したときのように、ひろ子は体じゅう軟かに力ぬけがした。ひろ子は、
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